滋賀大学 経済学部百周年 特別座談会

経済学部での学びから広がる社会と未来

若手卒業生3名にお集まりいただき、経済学部長の中野桂先生とともに、
学生時代の思い出、仕事や社会とのかかわり、
そして経済学部のこれからについて語り合いました。

これまで彦根の地から多くの卒業生が羽ばたき、日本、そして世界の経済シーンを牽引しています。
今回、百周年特別座談会を実施するにあたり、経済学部長の中野先生のもとに集まったのは交通インフラ系企業勤務、省庁勤務、そして日本文化を発信するためにスタートアップをした3名の卒業生。充実した日々を送る卒業生と中野先生による座談会の様子をお伝えします。

Profile

大坪 篤司 さん

大坪 篤司 さん

日本航空株式会社 運航乗務員訓練生

2020年3月経済学科卒業
田中勝也ゼミ

松雄 翔平 さん

松雄 翔平 さん

財務省 大臣官房地方課人事二係長

2018年3月経済学科卒業
田中英明ゼミ

清水 直 さん

清水 直 さん

株式会社きものすなお 代表取締役

2013年3月企業経営学科卒業
中野桂ゼミ

大学時代の学びと思い出
「『20代のうちに生きる道を』。その導きが今につながっています」(清水さん)

中野 まずは、滋賀大学経済学部時代を振り返っていただきましょう。どんなことに熱中しておられたのかを教えください。

大坪 私は、ラグビー部での活動ですね。中野先生には、顧問として随分お世話になりました。私も含め半数以上が大学から始めた初心者集団だったので、自分たちよりも体が大きく技術力のあるチームにどうすれば勝てるのか、チームメイトと一緒に試行錯誤したことが、私の中でとても意義のある時間だったと感じています。

松雄 滋賀大学は体育会やサークル活動が盛んですよね。私はアメリカンフットボール部に入りましたが、膝を壊して辞めることになりました。でも、やっぱり何かやりたいと、自分で球技サークル「チャーリーズ」を立ち上げ、大学の隣にある彦根西中学校の体育館を借りて週1回活動していました。ゼロからサークルを立ち上げたことは、私としては頑張ったことではないかと思っています。

中野 滋賀大学は部活動の印象が強い方が多いかもしれませんね。経済学部卒というより、ラグビー部卒とかアメフト部卒といった自己紹介の仕方をされる卒業生もいらっしゃいますから。

清水 私は部活動はしていませんでしたが、2回生だった19歳の時に着物に出会いました。あるコンテストに出場するために着付けを習い始め、優勝することだけを考えて毎日練習していたことが、思い出深いです。

大坪 あと、私は海外インターンシップも忘れられないです。1、2ケ月ほどスリランカに滞在し、現地のホテルやレストランを訪れて日本語のフリーペーパーの広告契約を取るのですが、つたない英語で一生懸命売り込むのに、なかなか相手にしてもらえなくて。結構辛い思い出です。

インターンシップでスリランカに滞在していた、大学時代の大坪さん

中野 今お話しいただいたような多様な経験が、大学での学びと車の両輪のように補完し合い繋がり合って、今の皆さんの基盤をつくりあげたのだろうと思います。

今度は大学の学びの中で得たこと、今につながっていることなどについて教えていただけませんか。

大坪 私は田中勝也先生のゼミで統計学を学んでいました。非常にアカデミックで、学生時代には「実務では使われていないのではないか」「専門的な職種のみに求められる知識なのではないか」と思っていたのですが、就職後、その認識が間違っていたことを痛感しました。一般社員でも統計学の基本的な知識が求められ、もっと勉強していたらよかったと思ったことは多々あります。

松雄 リーダーシップ論という授業が印象に残っています。私は総合職ですが、専門職の方たちをまとめる業務があります。そうしたときにリーダーシップについて概論的な部分を学生時代に理解できていたのはよかったです。今、概論をベースに実践による知識を積み上げていくことができているという感覚があります。

清水 私は中野先生のゼミでしたが、とても自由なゼミで、各自がやりたいことをするという雰囲気の中で学ぶことができました。また、「20代のうちに何か自分の生きる道を見つけなさい」という、先生の教えも印象的でした。その頃は、何が見つけられるかわからなかったのですが、それでももがいて一生懸命探ったことが、今の自分の生きる道になりました。あの時の導きが、本当にありがたかったと思います。

社会に出て感じる理想と現実
「コロナ禍を経て、公共交通事業が果たす役割をあらためて実感」(大坪さん)

中野 清水さんからキャリアにつながる話が出たので、今度はお仕事の話をうかがっていきたいと思います。

滋賀大経済学部は彦根高商以来の伝統として、「士魂商才」という言葉を精神的支柱にしてきました。これは、豊かな教養と実践的な学びに基づいて地域貢献の精神を養うことを意味しています。私としては「熱い心と冷静な頭脳」、つまり正確な判断をくだせる知性と、人としての熱い魂の両方を修得するという理念だと解釈しています。

皆さんのお仕事と地域貢献、さらには大学時代の学びとのつながりについて何かお考えがあればお聞かせください。

松雄 入省1年目は予算の部署にいたのですが、その年(2018年)は大阪北部地震や西日本豪雨など自然災害が多発した年でした。その後、3年間で災害に強い日本をつくるという国からの大号令のもと、防災・減災や国土強靱化の緊急対策として7兆円規模の予算が組まれることになり、その現場に携わりました。また3年目には、経済調査の部署でコロナ禍の個人消費の経済調査を担当し、東海地方を中心に生活者の皆さまからヒアリングをさせていただきました。

東海財務局で個人消費の調査を担当していた頃の松雄さん

こうした経験の中で、地域が担ってきたサプライチェーンが、災害やコロナ禍の影響で分断されることで日本全体が衰退の危機に陥る現実を実感し、地方創生という四文字の重要性をあらためて認識しました。経済学部時代、田中英明先生のゼミで、商店街を歩くフィールドワークを行ったのですが、外に出て自分の目で見ること、現地で得られる感覚が、今の公務に生かされているということを非常に感じました。

中野 そうですね。滋賀県や彦根市を含む、いわゆる地方で暮らして得た経験は、その後に生きてくるということもあるのかもしれませんね。

大坪 私は日本航空の前に、新卒で鉄道会社に入社しました。地域の人々の足を守りたい、地域の経済を活性化させたいという思いはありましたが、現実は厳しいものでした。入社が2020年だったこともあり、コロナ禍の影響による減便や、鉄道路線の廃止を進める業務の担当になりました。公共交通機関はその存続自体が地域経済の活性化と深く関わっています。事業をビジネスとして成立させ、利益を追求していくことが地域の発展のためになる。事業に携わる責任のようなものをあらためて感じるようになりました。鉄道事業の収入を分析する業務は勉強になりましたが、公共交通機関で働くのなら現場に近いところで働きたいと、現職に転職しました。

清水 どの分野にも、課題があるのですね。経済学部では今の社会の問題点をピックアップすることが大事だと学びましたが、それが今の私の仕事にすべて生きているように思います。というのも、私が扱っている着物自体に問題点が多いからです。これからも100年、200年と続いていくべき伝統文化であり、着物を持っている人も一定数いるのに、多くの人は着付けができません。日本の着物市場における在庫は3兆円規模と言われていますから、豊富な資源がただ死蔵されているのです。そんな状況を変えたくて、タンスに眠る着物を循環させる事業を起業しました。

中野 衣料廃棄物は社会的な問題の一つですから、その解決の一助にもなっていますよね。

清水 そうですね。あとは伝統文化の継承です。着物の着付け教室、着物のリサイクル・アップサイクルなどさまざまな事業が文化の継承につながり、さらに伝統工芸の場における高齢者や女性の雇用の創出といった社会問題の解決になれば。そして何より大切にしているのは、みなさんの幸福度を上げること。おばあちゃんやお母さんの着物を受け継いで着ることで、自分という存在を大切にしようという思いが育まれるのではないか。着物を着ることで国際社会に日本文化を伝えたり、アピールできたりするのではないか。それらが着物を着る方の自信や幸福感を高めていくことにつながればと思います。

清水さんは伝統工芸の職人とのつながりも大切にしている

中野 僕も着物を着てみたいので、またご指導ください(笑)。

社会での私たちの役割
「公務に必要な調整力の根幹には、大学での幅広い学び」(松雄さん)

松雄 皆さんのお話を、興味深くお聞きしました。特に、大坪さんの公共交通と地域経済の活性化、清水さんの伝統文化や国際社会への発信という話から、今後人口減少が進む日本社会の中で、外国人へのアプローチがさまざまな観点で重要な課題だと感じました。

大坪 日本航空は現在、国際線の売上が全体の約半分にまで迫ってきています。日本の人口減少に対してインバウンドで経済成長を補うという考え方もあると思います。

清水 着物にとって海外は非常に有望な市場です。今年の末に、着物をアップサイクルしたブランドを立ち上げますが、海外のお客さまにも着ていただきたいですね。

松雄 なるほど。着物は日本特有の文化として、海外要人にアピールする機会があるかもしれません。大坪さんのインバウンドもですが、外国人向け市場の拡大という意味では、国としても支援ができる部分があるように思います。

清水 そう言っていただけるとうれしいです。松雄さんは、国という大きな組織の中で働いていらっしゃいますよね。仕事へのモチベーションは、どういうところにお持ちですか。

松雄 そうですね。やはり、国にしかできないことがある、ということでしょうか。たとえば新たな事業も、それによって社会がメリットを享受する一方で、デメリットになるところも出てきます。そのバランスをとるのは、国にしかできないことなのかなと思います。

そのためにも公務ではいろいろな人の考えを調整する能力が求められます。経済学部では専門分野だけでなく、経営や情報管理などを概論的ではあるにせよ幅広く学ぶ機会が得られ、出身地が異なる友人と付き合うことで視野が広がりました。これらは調整力を磨く根幹を成していると思います。高学歴で高い専門性を持つ同僚もいる中で、滋賀大で育った自分が国家公務員として働く意義を感じる部分ですね。

これからの滋賀大に思うこと
「社会人の学ぶ意欲に応える仕組みに期待します」(清水さん)

中野 予測困難な時代だからこそ、変化に対して臨機応変に対応できる人材育成をめざして、本学部は2023年度に学部改組を行い、5学科を総合経済学科に統合しました(※1)。改革を進める滋賀大学経済学部に期待することについてお話を伺えたらと思います。

大坪 グローバル時代にあって、学生時代に英語を学んでおくことは非常に重要だと思います。英語ができると社会での選択肢も活躍の場も非常に広がります。私自身はTOEICスコアが自信になって英会話などより発展的な学習に進むことができました。ただ、ツールとしての英語ではなく、就職することを目的とした英語の勉強は、本来の教育とはかけ離れるのかもしれません。

中野 ご指摘の通り英語教育の重要性が高まっていることから、以前からあったグローバル人材プログラムを拡充して、グローバル・コースを新たに設置しました。大坪さんがおっしゃるように、単なるテクニカルに英語ができればいいとかTOEICで高い点が取れればいいとかいうことではなく、根底からのグローバル化を図っていきたいと考えています。

松雄 私は現在、人事担当として採用活動を行っています。その中で感じるのは、専門性も大事ですが、ジェネラリストとしての素養が非常に大切だということです。概論的・入門的な知識でもよいので幅広く学び、就職後に点と点をつなぎ、さらに点を増やしていけるような基盤をつくっておいてもらえたら、と思います。

もう一点感じるのは、東京で働きたい人、地方転勤をしたくない人が増えていることです。東京でしかできないことなのか地方でもできることなのか。彦根の町を歩いてみる、別の町に行ってビジネスの可能性を考えてみるといったフィールドワークにはさまざまな学びの可能性があるような気がします。学生の皆さんには、専門性を高める座学と並行しながら実践的な学びも深めてもらえればと思います。

中野 これまでも地域の方と連携してさまざまな教育を展開してきました。地方の可能性は今後もますます大きくなるので、地域と連携した教育をより充実させていきたいですね。

清水 経営者になって、経済学部の勉強がとても役立っていることを実感します。マーケティング理論、人的資源管理など経営をする上でとても重要なところを押さえた授業構成になっていたんだなと思って。もう1回講義を聞きたい、大学で勉強し直したいと思うことがよくあります。学びって、仕事として実践するフェーズになると、本当におもしろくなるんだと感じています。特に経済の学びはすぐに実践でき、成果も目に見えてわかるので。

あとひとつ女子学生の皆さんには、身につけたことは無駄にならない、いつでもいつまでも仕事のチャレンジはできるということを伝えたいです。私も2人の子どもを育てながら働いていますが、働き方が多様になり、好きなことを誰もが仕事にできる時代になったと思います。

中野 清水さんのお話で、大学で勉強し直したいというお話がありましたが、滋賀大学では卒業生のリカレント教育、リスキリング教育に動き始めています。2024年度には大学院に、日本初の学位、経営分析学修士(MBAN:Master of Business Analytics)を授与する経営分析学専攻を新たに設置します(※2)。経営学だけでなくデータサイエンスの知識・スキルが学べる、海外で注目の学位プログラムで、特に社会人の方々が学びやすいよう意識したカリキュラムになっています。

また、本学経済学部・データサイエンス学部の同窓会組織である陵水会のご支援を受けながら、無料オンライン講座「ビジネスサイエンスMOOC」を提供しています。経営分析学に関する内容が主ですが、データ分析だけでなくビジネスエシックス、インフォグラフィックスなど幅広い学びをフォローしていくつもりです。経済学部を卒業したら終わりというのではなく、社会に出てもさまざまな形でつながっていただきたいと思っています。

本日は、非常に有意義なお話をありがとうございました。本学部では本当に力のある人材を輩出することができているのだなと心強く感じ、同時に、今後の人材教育へのエールをいただいた気がします。皆さんの今後のご活躍をお祈りしています。

※1 総合経済学科開設 特設ページ
https://econ-shiga-u.studio.site/

※2 日本初の学位、「修士(経営分析学)」(MBAN)を授与する専攻が2024年4月誕生
https://www.econ.shiga-u.ac.jp/topics/keizai_mban_202404.html

※3 社会人のための「ビジネスサイエンスMOOC」第二弾を開発・公開。第一弾も再開講中
https://100th.econ.shiga-u.ac.jp/event/11/